先日、ヨルシカの楽曲『へび』の歌ってみた動画をYouTubeにアップロードした。
この曲にハマってから、もうすぐ5ヶ月が経つ。外へ出てイヤホンをつけたら、自然と指が『へび』を選ぶ。

作曲者はn-buna(ナブナ)さんという方で、私は彼の楽曲『始発のカフカ』が、リリースされた2015年からずっと好きだ。私がフランツ・カフカの小説『変身』を読んでみたのは、もっと『始発のカフカ』を知りたかったから。
ある朝目覚めると、巨大な毒虫になっていた男の話。
「主人公のグレゴール・ザムザは統合失調症である。或いはまたカフカ自身が……」といった推察は、割と有名だろう。私はたまに、仕事で統合失調症の人と電話をすることがある。彼らは共通のある世界を " 信じて " いる。彼らとの電話の最中、気を抜くと私は「私の世界では、そちらの世界の出来事を " 症状 " と呼ぶんですよ」と、変な使命感に従い、ぐんと引っ張ってやりたくなるような衝動に駆られる。会社に「それを伝えてはいけない」規則があってよかった。統合失調症でない私たちの見てる世界だって " 症状 " の一種かもしれない。カフカの残した手紙には、彼が強い孤独や不安に苛まれていたことが記されている。私は偽善と無責任の塊だ。
去年の暮れ、魚豊さんの漫画『チ。-地球の運動について-』にドハマりして、今もチ。沼の中で生きています。こんばんは、今夜も宙が綺麗ですね。
アニメ第一期のEDはヨルシカの『アポリア』だった。リリース直後に何度か繰り返し聴いていたことを思い出した。『チ。』を読む前の話だ。Aメロは手放しで大好き。でも、サビで驚くほど解放される展開がなんというか、あと少しで " 何か " がハマりそうで、その " 何か " がわからなかった。『チ。』を踏まえて聴いてやっと、アポリアの扉に辿り着いたと思った。嬉しかった。こんなことってあるんだなあ。これは私の世界の話。
それから、やっぱヨルシカって良いなって思って、初期の曲から順々に聴いてみた。最後の方で『へび』に出会った。ハマり散らかした。『へび』が『チ。』の第二期EDだと知ったのは、聴き始めて随分経ってからのことだった。
私は今、音楽を作っている。
今の私にとって、作ることは治療のようなものだ。何がそんなに苦しいんだかは最早わからない。いま生きるために必要だから、しょうがないから作っている。時間もお金も溶けるし、超疲れるし、ストレスでしばらく床から離れられなくなる時があるけれど、やっぱり死ぬわけにはいかないから作っている。
いつまでも一緒についてくる、黒いモヤのような過去の哀しみは、詩の形で無理やり封印することでコロンと、その場に落ちて、ついてこなくなる。作った詩を飽きるほど練習して、人前で歌うほど、封印が少しずつ強くなってゆく気がする。詩が私を守ってくれるし、あわよくば私じゃない誰かをも守ってくれたら良い。
それで救われて、夜早く寝れて、朝早く起きれて、バランス良く自炊して、仕事の成績が上向きで、お金が貯まってきて、人間関係が安定する。ふいにそんな時期が来ると、嬉しいんだけど不安になる。怖、こわこわこわ。不安定と書いてワタシと読む。私が私じゃなくなるみたい。救われたがってるのに、いざ救われはじめると、引き攣った顔で青ざめるとか、ワガママだよ!
私はね、黒いモヤを封印して、封印して、陰陽師や祓魔師の如く封印しまくって、それでいつかは『へび』みたいな曲が書けるようになりたいんだ。あとは崎山蒼志の書く曲とか。nーbunaさんが、どういう状態で『へび』を書いたのかはわからない。しかしおそらく、やはりある程度、解放されて救われたその先の、達観や俯瞰、悟りの近所に『へび』みたいな美しい表現の世界が在るんじゃないかな。っていうかあったらいいなって、天国を夢想する敬虔なキリスト信者の如く、私はそれを " 信じて " いるの。これは私の世界の話。
だから今の私は、イケイケ⭐︎エクソシストタイム。邪悪なものに対抗するための邪悪なものを作ったり歌ったりして、そんな自分に舌だしてゲ〜って辟易しながら、それでも続けて続けて、続けてみるんだ。
へび / ヨルシカ(Cover)藤白 詩
https://youtu.be/IGIWcQzYBFE

